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石巻市佐須浜サン・ファン館付近

去る8月26日、石巻市月の浦地区の小さな漁港を訪ねました。先の津波で壊れた防波... - 2013年8月26日

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石巻市佐須浜サン・ファン館付近 (360°パノラマ)

石巻市 - 2013年08月26日

去る8月26日、石巻市月の浦地区の小さな漁港を訪ねました。先の津波で壊れた防波堤や地盤沈下した護岸が残り、周辺の建物はあちこちが破損していました。よくみると写真の奥に、漁船とは雰囲気の異なる大きな船が停泊しているのが確認できます。

慶長18(1613)年、現在の宮城県石巻市にある小さな港から一隻の木造船がスペインを目指して出航しました。船の名前はサン・ファン・バウティスタ号。スペイン人宣教師と日本人の武士、船員からなる180人余りの一団を乗せた大きな船でした。藩祖伊達政宗公が400年前にスペインに送ったこの一団は、慶長遣欧使節団と呼ばれています。
彼らの渡欧目的には諸説あります。一般にはスペイン王国と伊達藩の通商交渉が主目的だったと言われていますが、一説には震災で疲弊した伊達藩の公共事業だったとみる説もあります。記録によると、使節団が出航する2年前に慶長三陸地震が起きています。規模はマグニチュード8.1(推定)、津波の高さは約20メートルと、先の震災と近い大規模なものであったようです。もしもスペインとの貿易交渉が成立すれば、藩は貿易でさまざまな商売やインフラの需要が生まれます。当時、新大陸に地理的に最も近かった三陸海岸の港が東西の交易の要所となれば、被災し打ちひしがれた各地の浜にも恩恵があったと考えられます。建造に必要な材木は領内の北上山地から切り出し、港湾労働者として約800人の船大工、約600人の鍛冶師、3000人の雑役を集めたという記録もあります。太平洋を渡る巨大な船を建造し、自藩の大切な家臣や領民を送り出した、藩の命運をかけた洋行計画。慶長遣欧使節団は当時としても大きな公共事業であり、販路開拓事業であり、さらに震災復興事業の側面があったのかもしれません。
その後、使節団はスペイン国王やローマ教皇との謁見を果たしたものの通商交渉は叶わず、無事に帰国できた団員も多くは不遇の晩年を送りましたが、渡欧した使節団は日本人初の国際交渉団であり、彼らは太平洋と大西洋の横断に成功した初めての日本人として名を残しました。

渡欧から400年後の今年6月、慶長遣欧使節団がスペインから持ち帰った書簡や証書、ロザリオなどがユネスコ記憶遺産に登録されました。その収蔵品の一部は仙台市博物館で見ることができます。そして今週末の11月3日、宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)では出航400年記念行事として施設の再開館イベントを予定しています。その他にも宮城県内では使節団の旅をテーマにしたオペラの上演など、さまざまな企画も開催される予定です。

木村 敏之|情報レンジャー@宮城

http://gigapan.org/gigapans/138427