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	<title>3.11復興支援プロジェクト 情報レンジャー</title>
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		<title>コモンアース株式会社</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Mar 2015 02:27:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[漁業農業]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県南三陸町を会場に、一風変わったイベントを主催している会社を取材しました。 先の震災後、宮城県沿岸の被災地 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6376_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県南三陸町を会場に、一風変わったイベントを主催している会社を取材しました。<br />
先の震災後、宮城県沿岸の被災地で医療支援のために来日したアメリカ人の一団に、通訳兼コーディネーターとして参加した男性がいました。アメリカ人と日本人の両親の元に生まれ、カリフォルニア州と東京を行き来して育った彼は、支援活動が終わってからも何度も沿岸部、特に南三陸町に通うようになります。東京で育った彼には、町の風景や住民との交流がとても新鮮でかけがえのないものに感じられました。地元住民も、はるばる通ってくる彼やその家族、友人らを家族のように迎えてくれたといいます。医療チームの帰国後もボランティアとして南三陸町に通い続けた彼は、徐々に減りつつあるボランティアの数や、被災した現地の現状を見て、支援が減ってからも続けられる活動、持続可能な支援のかたちについて考えるようになりました。美しい風景と豊かな自然の恵み、オープンで温かく迎えてくれる住民、そして自身にできること。南三陸町のために自分に何ができるのかを考え続けました。<br />
その後、彼は通っていたビジネススクールの起業企画コンペを経て、南三陸町と都市部の人をつなぐ活動を行う会社を設立。震災から約2年後の2013年1月、株式会社コモンアース代表となった光永スミス奏者さんは、現在も東京と南三陸町を往復する生活を続けています。</p>
<p>コモンアースでは通訳や翻訳業務などを行なう一方で、自然体験プログラム「Earth Camp」（アースキャンプ）を事業の柱に位置づけています。このプログラムは農業や漁業体験、キャンプやハイキング、野外でのバーベキューといった大自然に触れられる滞在型の交流イベントですが、プログラムは基本的にすべて英語で進められていきます。とれたての魚介類や農産物などを参加者が手分けをしながら調理し、全員で味わいます。参加者は都内や東北地方、宮城県内など各地から集まり、南三陸町で1〜3泊のプログラムの体験が可能。家族連れや個人、学生や社会人など様々な人たちが参加しています。英語の水準も様々で、身振り手振りと知っている単語でも問題なくプログラムに参加できるそうです。光永さんが運営上もっとも気にかけているのは、言葉はあくまでもコミュニケーションツールであり、農作業が行なえる水準の語学研修の場ではないということ。そのための雰囲気づくりとして、一緒に作業をして一緒に食べるという場の雰囲気づくりを大切にしています。</p>
<p><a href="http://ceco.jp/">コモンアース株式会社</a></p>
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		<title>NPO法人メディアージ</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Mar 2015 04:56:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[ボランティア]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
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		<category><![CDATA[音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県仙台市のNPO法人 メディアージを取材しました。団体では、震災から間もない2011年5月より「笑顔311 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6375_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県仙台市のNPO法人 メディアージを取材しました。団体では、震災から間もない2011年5月より「笑顔311プロジェクト」という名称で、youtubeやUstream（ユーストリーム）、ツイッターなどのソーシャルネットツールを活用した被災地の現状やボランティアの活動場所、被災地で必要な物資の情報の発信、支援団体の紹介など幅広い活動を行ってきました。2012年に法人化したのちは、主にUstreamでのライブストリーミング（ネット回線を利用したリアルタイムの動画配信サービス）を使った被災地のレポートや取組の紹介、そしてその発信業務を行なえる人材育成に取り組んでいます。<br />
団体名のメディアージ（mediage）の由来は、「メディア（伝達手段）、エイジ（時代、世代）、アージ（人を突き動かす強い感情の力）といった言葉を、今この瞬間に必要なものを確実に伝えていくという意味でトリアージ（選択）という語感に乗せ、特定非営利活動法人メディアージとして再出発する事としました」（※<a href="http://mediage.org/about/">団体ウェブサイトより</a>）。デジタルデバイスやネット環境を駆使しながら、膨大な情報の中から、利用者が必要とする情報を取捨選択する知性を身につけられるように、そして誰でも独力で情報の発信ができる社会の実現を目指して、日々さまざまなコンテンツの制作と配信を続けています。</p>
<p>ところで、現在のメディアージが制作しているコンテンツには、被災地支援とは一風変わったものもあります。政治について、特に大学生などの若年層に関心を持ってもらう試みとして「まつりごと〜政治を身近にするUstream番組」というコンテンツでは、宮城県内を選挙区とする候補者のインタビューや応援演説、そして政治全般について思うところを大学生が率直に語り合う映像を配信するもので、これまで13年7月の参院選と14年12月の衆院選についてのコンテンツを公開してきました。ウェブサイトでは「政治について、知識がないと話せない。あるいは、政治の話は格好悪い、語っている人はちょっと怖い。そんな雰囲気を少しずつ溶かし、気軽にして行こうというUstream番組です」と謳っており、15年3月現在で50本以上の動画が公開されています。他にも地元のアマチュアミュージシャンのライブ演奏や県内各地の観光情報、石巻専修大学での復興に関する公開講座の配信、農業と食に関わるイベントなど、復興後を見据えた活動を続けています。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/NPOmediage/timeline">NPO法人メディアージ（Facebook)</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>おもいでかえる写真返却会2015</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Mar 2015 01:16:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[ボランティア]]></category>

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		<description><![CDATA[先の震災から丸4年を迎える2015年3月、津波を受けて損壊した家屋から流出した写真やネガフィルム、アルバムやプ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6372_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>先の震災から丸4年を迎える2015年3月、津波を受けて損壊した家屋から流出した写真やネガフィルム、アルバムやプリクラ、携帯電話などを展示・返却するイベントが仙台市内で開催されました。主催したのはNPO法人のおもいでかえる。震災後のボランティア団体を母体に2012年3月に任意団体となり、写真の保管と洗浄、補修作業を行なっています。14年3月に法人化し、現在も仙台市沿岸部の荒井地区にある作業場を活動拠点としながら、補修の済んだ写真やアルバムなどを展示する機会を設けては、持ち主へ返すための活動を続けています。これまでに9万枚以上の写真と2000点以上の思い出の品物を、家族やその友人知人らの元に返すことができました。</p>
<p>宮城県内でも3月11日に向けてあちこちで追悼や慰霊のための行事が開催される予定ですが、地元民は日程の重複で当日に複数の場所を回るのが難しいという側面があります。それに先だって行なわれた今回の展示会では、開場と同時に来場者が詰め掛ける様子が見られました。今回の展示会は、宮城野区文化センターと若林区文化センターの2ヶ所でそれぞれ開催。先行の宮城野区文化センターでは6日間で145人が来場し、全1542枚の写真と44の賞状や携帯電話などを持ち主の元に返すことができました。仙台市の南部に位置する若林区は、200人近い犠牲者の出た荒浜地区など特に被害の大きかった地域が含まれているため、未だ持ち主の元に返っていない写真も膨大な数になります。<br />
しかしその一方で、団体の活動内容も確実に進化しています。保管している写真やネガからカラーコピーやプリントを作って写真をカタログ化することで、会場内で複数の来場者が平行して探すことが可能になりました。また、会場内には写真検索用のパソコンを用意し、発見された場所や写真のサイズなどから絞り込みが可能にするなど、保管している写真のデータベース化も進んでいます。個人情報の保護などで対応が難しい面もありますが、団体ではこれからも持ち主のもとに返せるように活動を続けていく予定です。</p>
<p><a href="http://www.omoide-kaeru.com/">特定非営利活動法人おもいでかえる</a></p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130815/">いつかふりかえる日のために(2013年8月15日取材)</a><br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130130-5/">おもいでをかえしたい(2013年1月30日取材)</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>コバルトーレ女川 2015年キックオフパーティ</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Feb 2015 09:03:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[復興計画]]></category>
		<category><![CDATA[感謝]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県女川町をホームタウンとして活動しているサッカークラブ、コバルトーレ女川。2015年の新シーズン開幕を控え [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6370_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県女川町をホームタウンとして活動しているサッカークラブ、コバルトーレ女川。2015年の新シーズン開幕を控えた2月下旬、地元関係者やサポーターとの交流を目的に、クラブが主催したキックオフパーティーを取材しました。<br />
2006（平成18）年のクラブ創設からちょうど10年目にあたる2015年シーズン。クラブではより上位のリーグへの昇格を目指しています。国内のプロサッカーリーグはJリーグ・J1を頂点にJ2・J3が、そして社会人クラブや大学サッカー部、地方のアマチュアチームなどから構成されている日本サッカーリーグ（JFL）があります。コバルトーレ女川はJ1から数えて国内5部リーグに相当する東北社会人リーグ1部に所属しており、2015年は上位のJFLを目指すことを、今回のパーティで明言しました。今シーズンはコバルトーレ女川のクラブ史にとってひとつの節目、勝負の年になります。</p>
<p>クラブ設立の経緯として、高齢化や過疎化の進んでいた町の活性化や若年層の定住や交流人口の増加、スポーツでの町民の健康増進などを目指していた背景もあり、クラブは現在も町内や石巻市などでの保育所や小学校などの巡回や町のイベントへの参加なども積極的に行なっています。選手やスタッフのほとんどは女川町や石巻市などの近隣市町村で生活をしており、練習場や試合会場、クラブが参加するお祭りなどの会場には、地元の子供たちや住民らが駆けつけるなど、10年近い活動や交流を経て、クラブは町の風景の一部になっています。<br />
クラブの歴史を辿ると、社会人選手からなるトップチームは、2006年の設立年に石巻市民リーグ（※現在は国内リーグ8部相当）への参入から2年で東北社会人リーグ2部に昇格。二年後には東北1部へ昇格を決めたものの、翌シーズンには2部南リーグに降格しました。その翌年は震災で一年間の活動休止を余儀なくされましたが、2012年より2部南リーグに復帰。2013年シーズンはホームスタジアムが無いために県内のあちこちの会場を渡りながらも1部への再昇格を果たしました。そして昨年の2014年シーズンはリーグ終盤まで優勝争いを演じるなど、所属するカテゴリーをほぼ毎年上げながら、クラブは成長を続けています。</p>
<p><a href="http://www.cobaltore.com/">コバルトーレ女川</a></p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/131103-71/">目指せ未来のJリーガー!!（2013年11月3日取材）</a><br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/20120407/">夢を繋ぐ　地元密着チーム（2012年4月7日取材）</a></p>
<p><a href="http://www.tohoku-sl.jp/">東北社会人サッカーリーグ</a><br />
<a href="http://www.jfl.or.jp/jfl-pc/view/s.php?a=1">日本フットボールリーグ（JFL）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>K２インターナショナル</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Feb 2015 02:01:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[企業]]></category>
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		<description><![CDATA[震災から4年11ヶ月を経た宮城県石巻市で、市内でも漁業の盛んな渡波（わたのは）地区に居住しながら水産業の復興支 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6371_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>震災から4年11ヶ月を経た宮城県石巻市で、市内でも漁業の盛んな渡波（わたのは）地区に居住しながら水産業の復興支援活動を行う団体を取材しました。横浜市に本拠地を置くK２インターナショナルグループ（以下K２）は、不登校や引きこもり、発達障害などの悩みを抱える若者の居場所づくりや自立就労の支援活動を続けている団体です。1989年から活動を開始し、未就労中の若者の就労支援や学習支援、子育て支援や海外での就労体験プログラムの実施など多様な活動を実施中。また、助成金に頼らない運営を目指して飲食店経営にも乗り出し、利用者の就業場所や雇用創出にも取り組んでいます。</p>
<p>震災から間もない2011年4月、K２は支援物資を積んだトラックで石巻市に入り、物資の配布や瓦礫処理などのボランティア活動に従事しました。その後も10名前後のメンバーが被災地を毎月訪ね、炊き出しや浸水した地域の側溝や家屋の清掃などの活動を続けました。石巻市を支援先に選んだのは、かつて団体に勤務していた石巻市出身のスタッフがいたためでした。安否を確認したところ、市内の小学校に避難していることが判ったため、団体として石巻市を中心に支援活動をすることになりました。6月には、復興支援に継続的に取り組むために市内の梨木畑地区の一軒家を購入。現地の拠点「K２ハウス石巻」を立ち上げ、メンバーが現地に定住しながら、仮設住宅での炊き出しやコミュニティ活動のボランティア活動、地元の祭りへの屋台の出店などの活動を続けています。15年2月現在も11人のスタッフと利用者が石巻市で共同生活を送っています。</p>
<p>2011年11月、現地スタッフはK２ハウス石巻の近所で海産物の販売をしていた男性から、販売が成り立たないので廃業するという話を聞きます。K２内で検討した結果、自社の持つネットワークや設備を活かして、石巻産の海産物や水産加工物を直販する「うんめえもん市」を横浜市役所で開催しました。石巻の食材の直売や新鮮な海産物を使った手作り弁当、あぶりサンマの押し寿司などが好評を博し、12年の春より現在まで横浜市内の各区役所を中心に開催。続いて12年8月には株式会社うんめえもん市を設立。11年から数えて14年3月までの間に300回近い支援活動を行っています。<br />
また、被災地での支援活動は、K２の本来の事業の柱である若者の就労支援にも活かされています。支援活動を通じて知り合った現地の水産加工会社が人手不足で困っている話を聞き、K２ハウスで生活している若者を有給インターン生として会社に送り、仕事に馴染めた場合はそのまま正規雇用者として就業する流れが出来つつあります。インターンの開始以来、15年2月現在で二つの水産加工会社で計6人の若者が採用されるなど、実績をあげています。<br />
この春からK２石巻では若者たちの自主的な活動として「梨木畑プロジェクト」を始めました。農作業自体の経験がまったく無いメンバーが、手作業で土おこしや石拾い、堆肥入れなどを実施しています。将来的にはこのスペースを活かして、近隣住民とK２ハウスのメンバーが一緒に農作物づくりや園芸などを通じた交流の場にすることを目指しているということです。</p>
<p><a href="http://k2-inter.com/">K２インターナショナルグループ</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>筆甫郷土料理・自慢料理試食会</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Feb 2015 04:26:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[伝統]]></category>
		<category><![CDATA[放射能]]></category>
		<category><![CDATA[農作物]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県丸森町で行なわれている郷土料理の試食会イベントを取材しました。 宮城県で最南端の丸森町のなかでも更に最南 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6373_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県丸森町で行なわれている郷土料理の試食会イベントを取材しました。<br />
宮城県で最南端の丸森町のなかでも更に最南端部に位置する筆甫（ひっぽ）地区は、自主避難区域の福島県伊達市や相馬市に面しており、かつ居住制限区域の飯舘村にも近接しています。住民の生活は、先の震災から始まった原発事故による環境汚染や農畜産物への風評被害などで一変しました。それまでの山間地や盆地を活かした農畜産業や果樹栽培とその加工品づくりといった生業への影響はもちろん、庭や山林、田畑の除染作業などが必要となり、現在もさまざまな不便を抱えた生活を強いられています。しかし昨年2014年12月、住民の粘り強い活動が実り、原子力損害賠償紛争解決センターが原発事故賠償金支払いの申し立てについての和解案を受け入れることが決定しました。しかし、除染作業の負担や住民の健康調査の実施など、福島県とはさまざまな面で隔たりが残っています。</p>
<p>しかしながら、この季節の筆甫地区には、住民の拠り所となっているというイベントがありました。地元で採れる食材や調理方法で各家庭が作った料理を持ち寄って食べる「筆甫郷土料理・自慢料理試食会」は、今回で13回目。元々は地元住人の交流のための行事でしたが、名産のへそ大根の種蒔きや収穫・加工体験イベントなどで筆甫を訪れるようになったファンが、仙台市などからも参加しています。前日の30センチメートル近い積雪にも関わらず、会場の筆甫まちづくりセンターは約80人の参加者で賑わいました。主催者の「筆甫の食文化を堪能する会」代表の庄司さんは、以前は筆甫地区への都市部からのUターン・Iターンの受け入れのための活動を中心に行なっていましたが、原発事故後は希望者が途絶え、現在はまちづくりのためのイベント運営や住民の生活支援などの活動も行っています。この場では、住民が慣れ親しんだ味の郷土料理や酒を持ち寄り、語りながら味わいます。そして若い年代が作る新たな料理や菓子などを出品することで、伝統の継承のみならず、世代を超えた交流の場としても機能しているというお話でした。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/marumori.hippo">丸森町筆甫地区</a></p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/140311-7/">3年目の丸森町筆甫(ひっぽ)地区（2013年3月11日取材）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>サクラチャリティプロジェクト</title>
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		<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 08:35:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[ものづくり]]></category>
		<category><![CDATA[企業]]></category>
		<category><![CDATA[母子支援]]></category>

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		<description><![CDATA[ハーブや木の実などの天然素材をベースにしたフェイスケア、ボディケア用品、化粧品や香水などを製造・販売するブラン [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6369_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>ハーブや木の実などの天然素材をベースにしたフェイスケア、ボディケア用品、化粧品や香水などを製造・販売するブランド「ザ・ボディショップ」。1976年にイギリスで創業し、現在は世界63カ国で2,800以上の店舗を持つこの会社は、ビジネスを通じて様々な社会問題の解決に取り組んできました。これまで、化粧品製造課程での動物実験の禁止、女性への暴力根絶、地球温暖化防止キャンペーン、子どもの人身売買反対キャンペーンなど様々な活動を行っています。<br />
 1990年より日本での経営及びフランチャイズ展開を行なっている株式会社イオンフォレストは、先の震災発生直後から「サクラチャリティプロジェクト」を立ち上げました。その内容は、東北地方への物資支援や募金活動、社員による被災地でのボランティア活動などの支援を行なうもので、被災地への長期的・継続的な支援を目指しています。現在も、自社製品の売上の一部を寄付金にするほか、店頭募金、被災地での桜の植樹などの活動が継続中です。</p>
<p>そしてザ・ボディショップの日本上陸から25年目の今年2015年は、「援助ではなく取引を」を合言葉に、被災地にグッズ制作などの手仕事の業務を依頼することで、その土地土地のコミュニティ活動を経済的かつ継続的に支援する新プロジェクトを開始します。  <br />
今回、グッズ制作に企画段階から関わっている<a href="http://www.crossroadsplan.com/">株式会社クロスローズプラン</a>のスタッフが、手仕事を受注した団体への実地指導に訪れました。宮城県内で受注したのは石巻市の<a href="http://yappesu.jp/">石巻復興支援ネットワーク</a>と、東松島市の<a href="http://hm-hope.org/">東松島みらいとし機構</a>の2団体。実際に制作にあたるスタッフへの製造工程の説明会の会場にお邪魔しました。</p>
<p><a href="http://www.the-body-shop.co.jp/products/sakura_charity_project.html">サクラチャリティプロジェクト</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>女川交番跡</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Dec 2014 04:28:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[復興計画]]></category>
		<category><![CDATA[防災]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県女川町の旧市街の風景です。画像の中心部、道路の左側に横倒しになった比較的小さな建物の姿が確認できます。こ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6356_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県女川町の旧市街の風景です。画像の中心部、道路の左側に横倒しになった比較的小さな建物の姿が確認できます。これは現在、女川町で震災遺構として保存する方向で検討されている女川交番の建物跡になります。被災した建物のうち、取り壊しを免れて残っている数少ない建造物です。<br />
震災以前のこの辺りには、ＪＲ石巻線の女川駅を中心に、国道398号線沿いに金融機関や商店街、飲食店などが立ち並ぶ土地だったと記憶しています。この建物をよく観ると、建物の残る場所とその周辺で土地の高さがな異なることがわかります。地盤沈下による高潮時の浸水を避けるために国道部分から内陸部では約8メートルの盛り土が施されているためで、この4年近い期間に絶えず続けられてきた復旧工事や復興計画によるこの土地の変化が垣間見えます。<br />
画像中央からやや左側には、建設工事中のＪＲ石巻線の終点、女川駅の駅舎が見えます。ＪＲ東日本と女川町は、今年3月21日に石巻線全線の運転再開を発表しました。既に線路の工事は終わっており、現在は3階建の駅舎の内装工事が始まっており、駅舎には温泉施設や飲食スペースが併設。石巻駅から浦宿（うらしゅく）駅までの区間は2013年3月に既に復旧していますが、終点の女川駅までの運行が再開することで、石巻市側からの人の流れや、地元住民の通勤通学などの大きなプラスになると思われます。女川町では、開通の日に合わせて駅周辺で「<a href="http://www.town.onagawa.miyagi.jp/hukkou/pdf/20141219_onagawa_machibiraki.pdf">まちびらき</a>」として様々なイベントを企画しているということですので、ぜひ足を運んでいただければと思います。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>江島共済会館 解体工事現場</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Dec 2014 02:45:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[復旧工事]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県女川町の旧市街地の復旧工事現場の様子です。何度も訪れている場所ですが、当地では現在、ひとつの区切りとなる [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6354_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県女川町の旧市街地の復旧工事現場の様子です。何度も訪れている場所ですが、当地では現在、ひとつの区切りとなる工事が行なわれています。</p>
<p>写真中央に見える倒壊した大きなビルは、江島(えのしま)共済会館という鉄骨4階建ての建物。さまざまなメディアで、女川町が受けた津波被害の象徴として、また先の震災のある種のシンボルとして記憶にとどめている方も多いと思います。この建物は、震災以前は女川町の離島・江島の住民が訪れた際に利用する宿泊施設でしたが、先の震災の津波で倒壊し、現在までそのままの姿で残されていました。津波の威力を伝えるモニュメントとして、また流出せずに残ったことから土木工事の専門家などから研究対象として貴重な事例だという声が上がり、いわゆる震災遺構として将来にわたって保存するべきだとの声があがっていました。一方で、地元の遺族感情や、保存処理ならびに建築物としての維持費が巨額になるため、町では倒壊したまま残っていた３つのビルでもっとも小さい「女川交番」のみを遺構として残す方針を固めました。今月15日から始まったこのビルの解体工事は、来月末をめどに解体され、完全に撤去される予定です。<br />
画像では、解体工事の様子やかさ上げ工事のための盛り土、高台の宅地工事、港湾部の建設工事の進捗状況が確認できます。当地を訪ねるたびに大きく光景が変わる、震災から1376日目の女川町の旧市街の様子です。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/140721-72/">女川町の黄金町周辺(2014年7月23日撮影)</a><br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/140301-75/">女川町の旧市街(2014年3月1日)</a><br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130922-72/">宮城県女川町黄金町付近(2013年9月22日)</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>ユアテックスタジアム仙台</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Dec 2014 03:59:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[感謝]]></category>

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		<description><![CDATA[先の震災から日目となる2014年12月14日、宮城県仙台市のスポーツ施設、ユアテックスタジアム仙台で、国内プロ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6360_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>先の震災から日目となる2014年12月14日、宮城県仙台市のスポーツ施設、ユアテックスタジアム仙台で、国内プロサッカーリーグのＪリーグに所属する選手会が主催する「日本プロサッカー選手会(JPFA)チャリティーサッカー2014 チャリティーマッチ」が開催されました。<br />
この試合は2011年12月から選手会による被災地支援のチャリティーマッチとして行なわれており、参加選手が「東北ドリームス」と「JAPANスターズ」に分かれて行なうもの。主に東北六県の出身者や東北地方のクラブに所属する選手など、被災地に縁のある選手が「東北ドリームス」に所属しています。もう一方のチームには、現役の日本代表選手や代表歴のある選手、海外リーグで活躍する選手も参加することから、勝敗を超えて試合自体を楽しもうという雰囲気にあふれたチャリティーマッチです。参加選手の多くは試合前日から東北入りし、被災地で地元の子供たちのミニサッカー教室を開催したり、参加者や保護者らと触れ合う時間を設けるなどの支援活動も行っています。また、試合後も参加選手のスパイクなどの私物をオークションで販売し、その収益を被災地に送るといった<a href="http://www.j-pfa.or.jp/charity2014">支援活動</a>が続けられています。</p>
<p>試合のキックオフは14時の予定でしたが、会場の正午前には写真のとおり既に多くの来場者が行列を作っている様子が判ります。この日は主催側の計らいで、入場ゲート前で参加選手が一列に並び、選手とハイタッチをしながら入場するサービスもあり、約4000人の被災地からの招待客を含む11,475人が楽しい時間を過ごしました。試合結果は12対8というサッカーらしからぬスコアになりましたが、ゴールするたびに選手が行なうパフォーマンスや、観客席へのプレゼントの投げ入れなどで観客席は常に湧く、楽しいゲームになりました。</p>
<p><a href="http://www.j-pfa.or.jp/charity2014">JPFAチャリティーサッカー2014（日本プロサッカー選手会ウェブサイト）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>弥生会計 運用支援セミナー</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Dec 2014 05:34:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[企業]]></category>

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		<description><![CDATA[「弥生会計」や「やよいの青色申告」シリーズなど、企業向けのソフトウェアの開発・販売で知られる弥生株式会社。ソフ [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6352_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>「弥生会計」や「やよいの青色申告」シリーズなど、企業向けのソフトウェアの開発・販売で知られる弥生株式会社。ソフトの登録ユーザー数は約126万人。パソコン関連商品で販売台数が最も多いメーカーを表彰する<a href="http://www.bcnranking.jp/award/gallery/2014/soft/index.html">BCNアワード</a>において、業務ソフト部門で15年連続の最優秀賞を、申告ソフト部門でも10年連続で最優秀賞を獲得</a>している企業です。弥生では、以前より「スモールビジネス応援プロジェクト」と称する中小企業や個人事業主などの会計業務を無料でサポートする活動を行ってきました。震災後には、被災地の企業や個人からの問い合わせに答えるかたちで支援活動を続けていましたが、岩手県の沿岸部在住の利用者からのとある問い合わせを契機に、2014年の現在も会社を挙げて被災地での復興応援活動に取り組んでいます。<br />
<a href="http://tasukeaijapan.jp/csr/01_yayoi.php">助けあいジャパン特設ウェブサイト CSR未来系01 弥生株式会社</a></p>
<p>弥生では、震災からわずか5ヶ月後の2011年8月より被災地の支援に乗り出しました。被災地の事業者を中心に約1500本の会計ソフトを無料で提供し、被災した企業や震災後に起業した事業者らを支援するために、経営の基本的な考え方を学ぶ「会計視点セミナー」と、業務用会計ソフトの初期設定や記帳、財務諸表の作成などについて学ぶ「運用支援セミナー」を平行して開催しています。2013年は岩手県内の4ヶ所で、会計視点セミナーでは全86社、運用支援セミナーでは全70社が参加しました。<br />
そして2014年、3年にわたる岩手でのセミナー運営や要望をカリキュラムに反映するノウハウが蓄積したことから、以前より地元でのセミナー開催を望む声が多かった宮城県でも実施することになりました。まずは11月に気仙沼市、石巻市、仙台市の3会場で「会計視点セミナー」を開催。続いて「会計視点セミナー」を実施しました。各会場には、企業の会計担当者や起業家、個人事業主らが参加しました。</p>
<p>震災から3年と9ヶ月を経た現在、被災地の事業者の要望にも変化が現れているといいます。被災後は事業の継続のための資金繰りや再建に向けた助成金の申請といった内容が多かったのが、現在では起業したばかりの経営者の参加が増加傾向にあるなど、同じ被災地のなかでも時期や地域によってセミナーへのニーズが変わりつつあるようです。今回、支援事業の発足から関わっている米倉アシスタントマネージャーに、支援事業の背景と被災地の現状について詳しくお話を伺いました。</p>
<p><a href="http://www.yayoi-kk.co.jp/">弥生株式会社</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>冬の塩釜港</title>
		<link>http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/141129-7/</link>
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		<pubDate>Fri, 28 Nov 2014 02:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[観光]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県塩竈市にある観光商業施設、マリンゲート塩釜の屋上から眺めた塩釜港の様子です。塩釜港の湾奥部に位置するこの [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6346_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県塩竈市にある観光商業施設、マリンゲート塩釜の屋上から眺めた塩釜港の様子です。塩釜港の湾奥部に位置するこの施設は、新鮮な海の幸を提供する寿司屋やシーフードレストラン、名産の笹かまぼこや水産加工品などの売店、そして松島湾を周遊する遊覧船乗り場を併設する塩釜・松島観光の玄関口。屋上の展望台からは、天気のよい日には松島湾の小島を見ることもできます。この日も天気に恵まれたため、沖合いの小島や遊覧船の様子を見ることができました。また、画像では対岸で行なわれている港湾の修復工事の様子が判ります。震災から3年9ヶ月近い時間が経ちましたが、まだまだ沿岸部ではこうした工事が各地で行なわれています。</p>
<p>塩竈市といえば、年末年始だけで約50万人が訪れる鹽竈(しおがま)神社の門前町として有名ですが、もうひとつの顔が新鮮な海産物、とりわけ寿司屋の多さです。宮城県をはじめ三陸海岸の各市町村では、多種多様で良質な魚介類が手に入り易いためにどこでも新鮮な海の幸が味わえますが、ここ塩竈市は人口あたりの寿司屋の店舗数が日本一という説があります。黒潮と親潮が混じり合う三陸沖は世界的なマグロの漁場。国際拠点港湾であり冷凍や加工施設が充実している塩釜港は、その漁場から最も近く大きな港であることから、生マグロの漁獲高では気仙沼や大間(青森県)、勝浦(和歌山県)などと並んで国内トップクラス。特に秋口から初冬にかけて水揚げしたメバチマグロは、鮮度はもちろん色つやや旨味などのバランスが絶品で「三陸塩竈ひがしもの」という季節限定のブランド品として販売しています(<a href="http://www.shiogama.or.jp/07_higashi/index.html">塩釜市魚市場買受人協同組合「三陸塩竈ひがしもののご案内」</a>)。今年の初水揚げでは、1キロあたり最高5000円近い値がつけられています(<a href="http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201409/20140912_12009.html">河北新報2014年9月11日記事より</a>)。これから本格的な冬を迎え、当地では寿司ネタのみならず海産物や農畜産物の美味しい季節になります。宮城にお越しの際はぜひともご賞味ください。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130715-7/">第66回 塩竈みなと祭</a>(2013年7月15日撮影)<br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130730-51/">マリンゲート塩釜</a>(2013年7月30日撮影)</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>umihamaそうじ＠七ヶ浜町</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Nov 2014 03:15:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[ボランティア]]></category>

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		<description><![CDATA[震災から3年と9ヶ月が過ぎた2014年11月、宮城県七ヶ浜町で地元有志が行なった海岸清掃活動を取材しました。七 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6368_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>震災から3年と9ヶ月が過ぎた2014年11月、宮城県七ヶ浜町で地元有志が行なった海岸清掃活動を取材しました。七ヶ浜町は県の中部に位置する太平洋に面した港町。町の東・北・南部が海に接しており、沿岸部の漁業や港湾部の石油化学関連施設などが産業の中心です。また、美しい海岸は海水浴場やサーフィンなどマリンスポーツの名所としても知られている、県内でも有数の風光明媚な海のまちです。</p>
<p>2014年に宮城県内で海開きをした海岸はわずか6ヶ所。美しい海岸に恵まれた七ヶ浜町の海水浴場は、未だ公式にはオープンされていません。そんな中で地元の若者を中心に、2015年夏の海開きと音楽イベントの開催を目指して継続的に清掃活動を続けている有志が海岸と海中清掃のイベントを開催しました。「umihamaそうじ＠七ヶ浜町」と銘打って行なわれたこのイベントは、表(おもて)浜と小豆浜の2ヶ所でのゴミ拾いと、沖の消波ブロック周辺の漂着物を取り除くことを目的に開催されたもの。地元有志の他、潜水作業を行うチームや海洋堆積物の分析を行なっている団体など様々な組織が参加しました。100人近い参加者は海岸清掃と海中清掃のチームに分かれて作業を終えたのち、屋台で作り立ての暖かい豚汁や焼きそばをいただきながら、参加者同士の交流や沿岸部の情報交換をする姿が見られました。今回の七ヶ浜開催を企画した一般社団法人七ヶ浜活性化支援組織（略称OASIS）専務理事の渡邊さんと理事の久保田さんに、開催の背景や活動の手応え、来年の海開きに向けての今後の活動予定などについてお話を伺いました。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/events/302444479949447/">第25回umihamaそうじ＠七ヶ浜町</a><br />
<a href="http://i-umisakura.com/">石巻海さくら</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>地域活性コミュニケーション＠南三陸町</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Nov 2014 07:25:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[まちづくり]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[学校]]></category>
		<category><![CDATA[復興計画]]></category>

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		<description><![CDATA[震災から3年9ヶ月と20日を経た宮城県の南三陸町で、若者向けのコミュニケーション講座が開催されました。主催した [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6350_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>震災から3年9ヶ月と20日を経た宮城県の南三陸町で、若者向けのコミュニケーション講座が開催されました。主催したのは東京の一般社団法人 地域活性コミュニケーション塾。震災後の被災地で、その街の復興や産業振興のために、広告制作のプロフェッショナルがその経験やスキルを活かして「人にものを伝える」技術やその基本的な考え方を、地元の将来を担う若年層に伝授することを目的に支援活動を行っています。今回は、南三陸町で2014年春から半年間をかけて開催してきたワークショップ「地域活性コミュニケーション塾＠南三陸町」の最終回の会場を訪ねました。</p>
<p>代表理事の鈴木淳さんは、被災後まもない時期から南三陸町の知人とやりとりを続けるなかで、学生や若い事業従事者の成長がまちの将来に不可欠だと考えていました。団体を立ち上げたのちに、南三陸町の高校生に学校の授業としてコミュニケーションの基本やその伝達方法などの講義を行う機会があり、大好評を得ました。その後、町内の学生などを対象に今回のワークショップを開催することになりました。南三陸町は人口14,169人（<a href="http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/index.cfm/10,4506,56,239,html">2014年12月現在</a>）。漁業を主な産業とする沿岸部で隣接する気仙沼市（<a href="http://www.city.kesennuma.lg.jp/www/contents/1146185553349/">67,657人</a>）や石巻市（<a href="https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10102000/0040/3914/20130301161659.html">149,874人</a>）に対して、震災からの「復旧」だけではなく、新しい産業の振興や販路の開拓などの「復興」が不可欠です。その主力になる参加者たちの半年間のワークショップを経ての変化や、これまでの活動内容についてお話を伺いました。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/communication.juku">地域活性コミュニケーション塾</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>忘れないための被災地キャラバン【後編】</title>
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		<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 07:21:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[伝統]]></category>
		<category><![CDATA[復興計画]]></category>
		<category><![CDATA[施設]]></category>
		<category><![CDATA[漁業農業]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>

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		<description><![CDATA[先の震災から3年と8ヶ月後、宮城県仙台市から県内沿岸部の被災地を二日間をかけて貸­切バスで巡る「忘れないための [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6349_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>先の震災から3年と8ヶ月後、宮城県仙台市から県内沿岸部の被災地を二日間をかけて貸­切バスで巡る「忘れないための被災地キャラバン」を取材しました。ツアーの主催者は宮­城県とみやぎ県民文化創造の祭典実行委員会、そして宮城県南部の大河原（おおがわら）­町にあるえずこ芸術のまち想像実行委員会と東京都東京文化発信プロジェクト室。参加者­は宮城県内を中心に、首都圏や関西地方など様々な土地で芸術や音楽、文化振興等の関係­者や関心のある人たち約50人が参加しました。<br />
JR仙台駅に集合した参加者は、関心のあるツアーごとに貸し切りバスでそれぞれの目的­地に向かいました。Aコースは「南三陸・女川震災遺構」について現地を訪ねるもの、一­方のBコースは石巻市雄勝（おがつ）地区で古くから行なわれている地元の神楽について­「雄勝法印神楽ダンス・キャラバン」として舞いや楽器のワークショップを体験するもの­です。今回同行したAコースでは、まず女川町内で各地を訪ねて、津波を免れた高台から­市街地の現状について地元の方に説明を受けたのちに実際に被災した町中央部を歩き、町­の観光協会のスタッフより被災当時の様子や復旧の過程、現在の生活や町の将来像などに­ついてお話を伺います。被災地に佇む震災遺構を実際に見つめて、未来への記録と記憶に­ついて各々が考える契機にしようという試みです。各コースにはナビゲーターやホストア­ーティストとして、国内外で活躍する研究者や美術家、音楽家、ダンサーらが同行します­。</p>
<p>女川町では、被災から最近までのあいだに倒壊や解体を免れていた三つの建造物を、震災­遺構として後世に残そうという動きがありました。津波で横倒しになったそれぞれの建物­は、津波の脅威の象徴として、各種メディア等でも被災後の女川町のシンボルの扱いとし­て、その姿が世界中に発信されていました。その後、維持や保存の経費や管理の問題、住­民感情など様々な声を勘案した結果、もっとも小さな旧・女川交番の建物のみを残すこと­になり、最も海に近い女川サプリメントのビルは、漁港の護岸工事の妨げになるとして1­4年3月に既に撤去されています。もっとも大きな江島（えのしま）共済会館のビルも1­5年1月をめどに撤去することが決定しています。<br />
その後、一行は隣接する南三陸町に移動し、同じく震災遺構として保存するか撤去かが話­し合われている町の防災対策庁舎を見学。この建物も津波の脅威を後世に伝える建物とし­て保存が検討されていますが、町と地元住人の話し合いの結果、将来的に撤去する方向で­す。そして町内歌津地区で養殖・水産加工業を営む髙橋さんのご家族を訪ね、被災当時の様子や­その後の生活、再開した漁業と防潮堤建設計画の関係、防災対策庁舎保存についての地元­の声など、被災地の現状について伺いました。当日は県内の富谷町に宿泊し、翌日は参加­者全員でそれぞれが見聞きした見聞や考え、震災遺構のあり方や是非などについて意見交­換をしながら、Bコースの参加者と共にフォーラムを開催します。本イベント担当責任者­で、宮城県大河原町の公共文化施設えずこホール（仙南芸術文化センター）の水戸雅彦所­長に、キャラバン開催の背景や手応えについてお話を伺いました。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/141122-71/">忘れないための被災地キャラバン【前半】</a></p>
<p>主催事務局：<a href="http://www.ezuko.com/">えずこホール（仙南芸術文化センター）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>忘れないための被災地キャラバン【前編】</title>
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		<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 01:17:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[復興計画]]></category>
		<category><![CDATA[施設]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>
		<category><![CDATA[行政]]></category>

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		<description><![CDATA[先の震災から3年と8ヶ月後、宮城県仙台市から県内沿岸部の被災地を二日間をかけて貸切バスで巡る「忘れないための被 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6348_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>先の震災から3年と8ヶ月後、宮城県仙台市から県内沿岸部の被災地を二日間をかけて貸切バスで巡る「忘れないための被災地キャラバン」を取材しました。ツアーの主催者は宮城県とみやぎ県民文化創造の祭典実行委員会、そして宮城県南部の大河原（おおがわら）町にあるえずこ芸術のまち想像実行委員会と東京都東京文化発信プロジェクト室。参加者は宮城県内を中心に、首都圏や関西地方など様々な土地で芸術や音楽、文化振興等の関係者や関心のある人たち約50人が参加しました。<br />
JR仙台駅に集合した参加者は、関心のあるツアーごとに貸し切りバスでそれぞれの目的地に向かいました。Aコースは「南三陸・女川震災遺構」について現地を訪ねるもの、一方のBコースは石巻市雄勝（おがつ）地区で古くから行なわれている地元の神楽について「雄勝法印神楽ダンス・キャラバン」として舞いや楽器のワークショップを体験するものです。今回同行したAコースでは、まず女川町内で各地を訪ねて、津波を免れた高台から市街地の現状について地元の方に説明を受けたのちに実際に被災した町中央部を歩き、町の観光協会のスタッフより被災当時の様子や復旧の過程、現在の生活や町の将来像などについてお話を伺います。被災地に佇む震災遺構を実際に見つめて、未来への記録と記憶について各々が考える契機にしようという試みです。各コースにはナビゲーターやホストアーティストとして、国内外で活躍する研究者や美術家、音楽家、ダンサーらが同行します。</p>
<p>女川町では、被災から最近までのあいだに倒壊や解体を免れていた三つの建造物を、震災遺構として後世に残そうという動きがありました。津波で横倒しになったそれぞれの建物は、津波の脅威の象徴として、各種メディア等でも被災後の女川町のシンボルの扱いとして、その姿が世界中に発信されていました。その後、維持や保存の経費や管理の問題、住民感情など様々な声を勘案した結果、もっとも小さな旧・女川交番の建物のみを残すことになり、最も海に近い女川サプリメントのビルは、漁港の護岸工事の妨げになるとして14年3月に既に撤去されています。もっとも大きな江島（えのしま）共済会館のビルも15年1月をめどに撤去することが決定しています。<br />
その後、一行は隣接する南三陸町に移動し、同じく震災遺構として保存するか撤去かが話し合われている町の防災対策庁舎を見学。この建物も津波の脅威を後世に伝える建物として保存が検討されていますが、町と地元住人の話し合いの結果、将来的に撤去する方向です。そして町内歌津地区で養殖・水産加工業を営む髙橋さんのご家族を訪ね、被災当時の様子やその後の生活、再開した漁業と防潮堤建設計画の関係、防災対策庁舎保存についての地元の声など、被災地の現状について伺いました。当日は県内の富谷町に宿泊し、翌日は参加者全員でそれぞれが見聞きした見聞や考え、震災遺構のあり方や是非などについて意見交換をしながら、Bコースの参加者と共にフォーラムを開催します。本イベント担当責任者で、宮城県大河原町の公共文化施設えずこホール（仙南芸術文化センター）の水戸雅彦所長に、キャラバン開催の背景や手応えについてお話を伺いました。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/141122-72/">忘れないための被災地キャラバン【後半】</a></p>
<p>主催事務局：<a href="http://www.ezuko.com/">えずこホール（仙南芸術文化センター）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>佐々直工場跡</title>
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		<pubDate>Sat, 15 Nov 2014 03:42:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[店舗]]></category>
		<category><![CDATA[防災]]></category>

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		<description><![CDATA[先の震災から3年8ヶ月と4日目。宮城県名取市の沿岸部、閖上（ゆりあげ）地区を訪ねました。宮城県内では現在、各市 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6342_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>先の震災から3年8ヶ月と4日目。宮城県名取市の沿岸部、閖上（ゆりあげ）地区を訪ねました。宮城県内では現在、各市町村で被災した建物の撤去が粛々と進んでいます。全国的に有名になった気仙沼市鹿折（ししおり）地区に打ち上げられた大型船は船主の意向で既に2013年10月に解体・撤去されました。また、女川町に残っていた倒壊した3つのビルのうち、最も海に近い女川サプリメントのビルは護岸工事の影響でに今年14年の3月に撤去されており、12月には江島（えのしま）会館ビルも解体・撤去工事が始まる予定です。三つのうちで最も小型の女川交番の建物は、町の判断で震災遺構として保存されることが決定しています。<br />
仙台市内でもっとも甚大な被害を受けた荒浜地区の北側で、野鳥の繁殖地で知られる蒲生干潟にほど近い市立中野小学校は既に解体されていますが、荒浜小学校の校舎は保存する方向で進められている模様です。また、地元住民の意向に従って、南三陸町の防災対策庁舎は解体・撤去する方針を町が発表していますが、宮城県が震災遺構としての保存を支持する意向を表明するなど、保存についてはまだまだ流動的な建物もあります。同じく、石巻市の大川小学校や門脇（かどのわき）小学校も、解体か保存かで現在も住民の意見が割れている状況です。</p>
<p>そんな中で、ここ閖上地区で笹かまなどを製造販売していた株式会社佐々直（ささなお）では、被災した旧・本店工場跡を保存する方向で町と調整している模様です。画像の通り、8メートルを超える強烈な津波が一階部分を突き抜けたために壁が無くなっており、支柱と上階のみを残して残りました。この周辺には、震災後は住民や視察などで訪れる人たちの慰霊の場となっている日和（ひより）山があり、撮影中もひっきりなしに大型バスやタクシーなどが訪れていました。名取市ではこの一帯を公園として整備する計画で、慰霊のためのメモリアル施設を併設する予定です。</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>名取市閖上の日和山</title>
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		<pubDate>Sat, 15 Nov 2014 02:38:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[復旧工事]]></category>
		<category><![CDATA[祈り]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県名取市の沿岸部、閖上(ゆりあげ)地区にある日和山(ひよりやま)という小高い丘の上から眺めた周囲の様子です [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6340_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県名取市の沿岸部、閖上(ゆりあげ)地区にある日和山(ひよりやま)という小高い丘の上から眺めた周囲の様子です。<br />
閖上地区は奥羽山脈から太平洋に注ぐ名取川の河口にほど近く、近海での漁業と稲作や野菜栽培などの農業が中心の地域でしたが、先の地震による津波で集落は無くなり、700人以上の住人が犠牲になりました。閖上地区は平坦な地形のため、集落全体を見渡せる場所としてここ日和山が慰霊に足を運ぶ人や被災地視察ツアーなどの参加者が訪れる定番の場所になっています。<br />
震災から1年後の3月11日、日和山の山頂には、津波に飲まれながらも残った忠魂碑のそばに、震災の犠牲者の慰霊碑が建ちました。閖上地区の取材や撮影のたびに立ち寄っては手を合わせていますが、置かれて間もない供花やお茶、線香などが碑の前から絶えていたことはありません。日和山周辺の閖上漁港や名取川の護岸工事などが進んでいますが、住宅の跡地は冬枯れのセイタカアワダチソウの薮に包まれたままです。当地での過去の主な撮影を時系列で並べてみましたのでご覧ください。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/141005-72/">名取市閖上の日和山付近</a>(2014年10月5日撮影)<br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130902-52/">閖上　日和山周辺</a>(2013年9月2日撮影)<br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/130311-1/">閖上 日和山14:47~</a>(2013年3月11日撮影)<br />
<a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/120311-1/">帰ってきた ゆりあげ港朝市</a>(2012年3月11日撮影)</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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		<title>名取川の河口付近</title>
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		<comments>http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/141115-71/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 15 Nov 2014 01:33:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyagi-kimura</dc:creator>
				<category><![CDATA[360°パノラマ]]></category>
		<category><![CDATA[復旧工事]]></category>

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		<description><![CDATA[宮城県名取市閖上地区の北部、名取川の河口にほど近いエリアを訪ねました。画像の通り、川は堤防を隔ててすぐに住宅地 [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="wpgeo_map_6338_2" class="wp_geo_map wpgeo_map" style="width:100%;height:300px;"></div><p>宮城県名取市閖上地区の北部、名取川の河口にほど近いエリアを訪ねました。画像の通り、川は堤防を隔ててすぐに住宅地に面しており、津波はこの川を逆流して上流まで遡りました。写真では白いフレームの見える橋が上流にあたります。この場所は川から溢れた水と南部の閖上港側からの津波とで、甚大な被害を受けた一帯です。被災の前は堤防と反対側に見える道路沿いに、民家や商店がぎっしりと建ち並ぶ集落だったと記憶しています。</p>
<p>被災から間もない頃、この辺りを自動車で通過した折に、大きな民家の壁に「もうこれ以上持って行かないでください」という張り紙があった建物を見かけた記憶があります。恐らく、魚屋かスーパーマーケット等の商店だったのでしょうか。建物の一階の道路側のすべてがガラス張りだったところをベニヤ板を打ちつけて固めた状態の建物でした。あのメッセージは果たして、窃盗等の被害に遭ったことを指していたのか、それ以前に被災で家族や周囲に犠牲者や被災者が多数出たことに対しての嘆きだったのか、今となっては確認のしようがありません。現在もこの周辺から東側の海岸と河口付近では、復旧工事が行なわれています。震災から3年と8ヶ月と4日後の閖上地区の風景です。</p>
<p><a href="http://inforanger.tasukeaijapan.jp/report/140227-5/">名取市 名取川河口（2014年2月27日撮影）</a></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006290530089">木村 敏之</a>｜情報レンジャー＠宮城</p>
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