木村 敏之
先々に繋がるきっかけになる情報を提供できればと思います。
木村 敏之
先々に繋がるきっかけになる情報を提供できればと思います。
三浦 淳 (~2014.4まで)
岩手県出身仙台市在住 肴と魚を求めて海を彷徨う釣り人
加藤 隆介 (~2014.4まで)
宮城県出身仙台市在住 他人の幸せを撮り続けている中年独身ブライダルカメラマン
坂本 恵一 (~2013.3まで)
宮城県矢本町(東松島市)出身 丸刈りの似合う38歳 今までの合計で地球25周は運転した男
網野 武明 (~2013.3まで)
宮城県名取市出身仙台市在住 粉雪をこよなく愛する庭木の剪定が上手なグラフィックデザイナー
太田 和美 (~2013.3まで)
宮城県仙台市出身在住 大きなものをつくりたがる小柄で童顔なクリエイター
多賀城市 - 2014年01月07日
国道45号線に架かる橋です。震災後、消防車で封鎖されて通行止め。国道45号線は、この橋の前後が浸水し、震災翌朝の橋の上はトップ画のような有り様でした。
このパノラマの視点で言うと、川の向こう側は浸水地域、川の手前は浸水を免れた地域です。実際にこの光景を見て、がっくりした記憶があります。地形的に見て、海から陸を伝ってきた津波が、川(堤防)で止められたのだと思います。本当に、川一本挟んで天国と地獄。
浸水した地域も、今はもう当時の跡を感じられません。このトップ画を撮影した震災翌日、私は友人たちの安否を確認するためにバイクに跨って走り回っていました。その道中の光景です。結果的に友人たちは無事でしたが、道中の光景は一生忘れられません。カメラも持っていましたが、ほとんどの場面でシャッターを押すことができませんでした。
今、こうやって多くの車や人の行き来で賑わう多賀城橋を見ていても、当時のことを思い出して胸が苦しくなり、反面、日常が戻ったことに安堵もしています。あの日から今まで感じたことを、防災、減災、何か生き残った者達で今後に活かしていくしかないと思います。
三浦 淳|情報レンジャー@宮城